働き方改革の転換点

我が国では、長らく長時間労働やそれに伴う健康障害・過労死などが問題視され、労働時間の縮減やワークライフバランスの重要性が指摘されてきました。また働き方の多様性(ダイバーシティ)への要請とも相まって、働き方改革が検討され、2019年4月から主に大企業を対象に働き方改革関連法が施行されるに至りました。時間外労働時間の上限規制を主として、まずは大企業から適用され、徐々に中小企業にも拡大されてきました。2024年4月からは、これまで適用を猶予されてきた業種にもすべて適用されることになります。業種や職種ごとに細かい例外規定や追加的措置などが存在するものの、業種・規模を問わず横並びで適用されることになるため、一連の働き方改革に一応の目途がつくことになり、一つの大きな転換点になると考えられます。時間外労働時間の上限などを中心に、その概要を見ていきます。

働き方改革と適用の変遷

働き方改革には、罰則付きの時間外労働時間の上限規制を中心に、有給休暇年5日の取得義務化や同一労働同一賃金など多くの施策が盛り込まれていました。ただし企業活動や経済などへの影響を考慮して、企業規模や業種などに応じて段階的に適用されてきました。
以下の図は、その適用の変遷を示したものです。

働き方改革の内容と適用の変遷(施策別)

働き方改革の中核をなす時間外労働時間の上限規制については、まず大企業からスタートしました。36協定での原則的な上限の設定に加え、実質的に青天井だった特別条項にも罰則付きの上限規制が規定された画期的なものでした。1年遅れで中小企業にも適用されましたが、一部の業種・職種においては個別の特性や事情などを考慮して適用が猶予されてきました。それが2024年4月から、業種・規模を問わず罰則付き上限が設定されることになります。ただし運送業や医師など、業種や職種の特性や社会的影響を考慮して例外が規定されます。それでも5年間猶予されてきた上限規制が適用されることの意義は大きいと考えられます。

働き方改革の内容と適用の変遷(規模別・業種別)

同一労働同一賃金やパワハラ対策なども段階的に施行され、2023年4月から「月60時間超の時間外労働に対する賃金の割増率5割」が中小企業にも適用されています。
いずれにしても、2024年4月で働き方改革の一通りの施策が出揃うといえます。

時間外労働の上限規制と例外規定

前述までの通り、2024年4月から業種や規模を問わず時間外労働の上限規制が適用されることになります。しかしながら特定の業種や職種では、例外規定や追加的健康確保措置などが定められています。

原則的な上限規制

まず原則的な時間外労働の上限規制です。これは労働基準法に定める法定労働時間を超える労働時間の規制を意味し、事業所ごとに定める所定労働時間を超える時間ではない事を理解する必要があります。月45時間という基準は、労働時間や通勤時間、身支度などの日常生活時間などに充てる時間から逆算して約7時間の睡眠時間を確保できるよう考慮された時間であり、この基準を超えて労働時間が長くなるほど健康障害のリスクが高くなるといわれています。通常の業務常態においては、時間外労働時間をこの月45時間以内に抑える必要があります。また12カ月の全てで45時間認められているわけではなく、年360時間という上限も定められています。
ただし突発的な業務への対応などに備えて、特別条項を結ぶことにより年720時間が認められますが、年間6カ月まで、月100時間未満、複数月平均80時間未満という制限も設けられています。

時間外労働の上限規制(厚生労働省:時間外労働の上限規制ハンドブックより抜粋)

上図のように、この時間外労働の上限規制が原則であり、例外規定が定められている業種であっても原則的にはこの基準が適用されます。それは、月45時間の時間外労働が健康障害をきたす境界線であると考えられるからです。後述するような例外が認められている業種や職種においても、この原則以内に抑えることが望ましく、例外規定は特定の業種や職種の事情を考慮した緩和措置であると考えるべきです。

建設業

2024年4月以降、時間外労働の上限は原則として「月45時間・年360時間」となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることが出来なくなります(厚生労働省資料参照)。
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)でも、「年720時間以内・月100時間未満(休日労働含む)・複数月平均80時間以内(2~6カ月平均の全て)・月45時間超は年6カ月まで」という条件が付されています。ただし災害の復旧・復興の事業に関しては、時間外労働と休日労働の合計について「月100時間未満・複数月平均80時間以内」とする規定が適用されません。

その他、労働時間の適正把握・週休2日制導入・適正な工期設定・年次有給休暇の年5日取得・社会保険加入などが推進されており、建設業許可を取得する際の条件にもなりつつあります。

運送業

月45時間・年360時間を原則として、臨時的特別な事情がある場合(特別条項)には年960時間(休日労働含まず)となります。「月100時間未満、複数月平均80時間以内、月45時間超が年6カ月まで」とする規制は適用されません。休日労働を含まないことや月単位での上限が適用されないなど、運送業界の特性にかなり配慮された例外規定になっていると考えられます。ただし、将来的には原則的な上限規制にしていくとの付記もなされています。
その他、勤務間インターバル(休息時間)が「継続11時間を基本とし9時間を下回らない」とされ、実質的には9時間以上の休憩時間の付与が義務、11時間が努力義務となり、拘束時間が最大15時間なります。
これらの上限規制の例外はドライバーに認められる特例であり、運行管理者・事務職・整備技能職・倉庫作業職などドライバー以外の職種については原則的な上限規制が適用されます。
公益社団法人の全日本トラック協会から出されている、アクションプラン2024年問題についての資料が参考になります。

医師

医師については、その業務の専門性・公益性、地域医療への影響などから時間外労働の上限は、一般企業よりも長く設定されています。これを容認する条件として、暫定特例水準の設定や追加的健康確保措置が義務付けなどが定められています。

医師の時間外労働の上限規制(厚生労働省資料より抜粋・一部改変)

上図のように、労働基準法の原則時間と改正医療法に定める基準によって規定されることになります。通常の医療機関において、臨時的特別な事情がある場合(特別条項を締結)は、A水準とされる年960時間が上限になります。医師の場合、臨時的業務の発生時期や頻度の予見が難しいため、単月100時間未満(追加的健康確保措置による例外あり)の制限のみになり、年6カ月までという制限は適用されません。
また暫定特例水準としてB水準およびC水準が設定されており、年1,860時間を上限とすることもできるようになります。ただしB水準・C水準とも、その医療機関の役割を鑑みて長時間労働が是認されることについて、都道府県医療審議会の意見聴取にて妥当性が確認されることが必要です。さらに労働時間の縮減対策の策定など一定の要件を満たした上で医療機関勤務環境評価センター(日本医師会が厚生労働省の指定を受けて組織したもの)による評価を受審し、都道府県知事の指定を受けることが必要です。指定の有効期限は3年なので、その都度、更新の手続き(指定申請)が必要になります。
各々の暫定特例水準は、医療機関に所属する医師すべてに一律に適用されるわけではなく、各水準の根拠となる業務に従事する医師ごとに適用されることになります。よって各水準が適用される勤務医が混在する医療機関においては、複数の水準の指定を受ける必要があります。指定の申請は、非常に複雑になることが予想されます。
B水準は、主として地域医療や救急医療の担い手が想定されており、地域の基幹病院など多くの医療機関が対象になると考えられます。B水準の中には、副業・兼業先での労働時間を通算して年1,860時間を上限とする連携B水準も設定されています。連携B水準は、医師の派遣を通じて地域の医療体制の確保を担う医療機関であり、大学病院や地域医療支援病院などが想定されています。B・連携B水準とも副業・兼業先での労働時間を通算して年1,860時間を上限とすることが出来ますが、個々の医療機関にて特別条項によって定めることが出来る上限に違いがあります。C水準は、臨床研修や高度技能の育成など医師の教育的な役割が想定されており、臨床研修指定医療機関や大学病院などが対象と考えられます。
これらの暫定特例水準は2035年度末をめどに縮減の方向であり、B水準はA水準への統合(実質的に廃止)、C水準も縮減方針となっています。当然のことながら、それまでの間も原則的な上限規制に抑えることが望ましのは言うまでもありません。
いずれにしても、月で最大155時間もの時間外労働が想定されることになり、一般よりも長時間の労働時間になることがあり得ることになります。このため追加的健康確保措置として、医師による面接指導や勤務間インターバルの確保などが定められています。

割増賃金率の引き上げ

月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率は、大企業については既に2010年4月から5割となっていましたが、2023年4月から中小企業にも適用されることになります。

月60時間超の残業割増賃金率の中小企業への適用(厚生労働省資料より抜粋)

この割増賃金率の引き上げは、中小企業が多く長時間労働の発生しやすい運送業では特に影響の大きい改正と考えられます。
債権法改正(令和2年4月施行)により、未払い残業代の消滅時効が2年から5年に延長されたことで、未払い残業代の遡及請求に影響を及ぼすことも考えられます。当分の間は、3年の時効(労基法143条)が適用されると考えられていますが、いずれは5年になる可能性も指摘されています。

まとめ

以上、働き方改革の内容や一連のタイムスケジュールなどを見てきました。2019年から5年が経過する2024年4月からは大きな変化が予想されます。これまでも、運送業や建設業など荷主や元請からの納期・工期などの要請により、その企業単体では対策しきれない状況が指摘されてきました。一企業の努力のみでは全体として改善しない可能性が高く、関連する企業全体での取り組みがますます求められると考えられます。長時間労働への対策を社会全体で考えなくてはならない時期が迫っているといえそうです。