2024年4月から、医師についても労働基準法による時間外労働の上限規制が適用されることになります。一方で医師の業務の特殊性を考慮して、改正医療法によって上限緩和の例外規定が設定されます。また一定の機能を果たしている医療機関については、特定労務管理対象機関(B・連携B・C水準)の指定を受けることにより、さらに上限規制が緩和されることになります。ただし、かなりの長時間労働を是認することにもなるため、一定水準以上の要件を満たす医療機関に絞り込まれる見通しです。また継続的な取り組みへの定期的な評価を受審する必要もあり、今後の医療機関における労務管理に大きく影響すると考えられます。この特定労務管理対象機関の指定申請の概要について見ていきます。
特例水準医療機関の種類と概要
医師についても、原則として労働基準法に定める時間外労働の上限規制が適用されます。一方で医療法によって、A水準・B水準・連携B水準・C-1水準・C-2水準の特例が定められています。
A水準が実質的な医師の時間外労働の上限(年960時間・単月100時間未満)と考えられ、将来的に目指すべき上限と考えられています。それとは別に個々の医療機関の役割に応じた暫定的な特例水準も定められ、それぞれB水準・連携B水準・C-1水準・C-2水準とされます。これらの暫定特例水準は、年1,860時間(最大で月155時間)もの長時間労働を容認するため、一定の要件を満たした上で都道府県知事の指定を受ける必要があり、より強力な追加的健康確保措置を実施することが義務付けられます。
また上図のように、各々の暫定特例水準は医療機関に所属する医師すべてに一律に適用されるわけではなく、各水準の根拠となる業務に従事する医師ごとに適用されることになります。よって各水準が適用される勤務医が混在する医療機関においては、複数の水準の指定を受ける必要があります。
地域医療確保暫定特例水準(B・連携B水準)
地域医療確保暫定特例水準は「地域医療の確保に必要な医療機関」であり、下図のような要件が定められています。
B水準は、主として救急医療や専門医療(5疾病・5事業など)を担う医療機関であり、地域の基幹病院や総合病院などが該当すると考えられます。
連携B水準は、医師の派遣を通じて地域医療の提供体制を確保する役割を担う医療機関であり、大学病院や地域医療支援病院などが想定されています。
B水準で重要なのは、「医療機関全体の指定ではなく、当該水準の根拠となる業務に従事する医師ごとに適用される」という点です。当該医療機関の機能を果たすために、「やむをえず予定される時間外・休日労働が年960時間を超える医師」に限定され、その機能を果たすのに必要な医師のみが対象になります。この対象医師については医療機関での36協定締結時に特定するとされており、この際に対象医師の業務が前述の必要業務であることを合理的に説明できなくてはなりません。忙しいという理由だけで病院全体もしくは全医師をB水準とすることはできません。このような観点は、指定申請やその前段階である医療機関勤務環境評価センターの評価にも反映されています。
集中的技能向上水準(C-1・C-2水準)
集中的技能向上水準は、卒後間もない医師の研修や医師免許取得6年目以降の医師が高度な医療技術を習得するなど、「集中的な技能訓練が必要な医師が所属する医療機関」になります。
C-1水準
C-1水準は、主として医師免許取得6年未満の医師の初期臨床研修・専門研修を行う医療機関が対象になります。初期研修医・専攻医が対象となりますが、現在の(初期)臨床研修プログラムや、専門研修プログラムは全てプログラム制もしくはカリキュラム制となっているので、これらのプログラムごとに指定がされます。特に臨床研修医では比較的短い期間で所属科が変わるため、B水準のように診療科ごとの対応では煩雑になるため、全体のプログラム単位で定められています。
研修医・専攻医に対する時間外労働規制は全てC-1基準に該当するため、他のB水準を取得している病院であっても、C-1水準を取得しなければ研修医・専攻医を960時間以上働かせることはできません。
また上図のように、基幹病院と連携施設のそれぞれにおいて月960時間(A水準)を超えるかどうかで違いがあります。
例えば基幹となる施設ではA水準超えの勤務が生じなくても、連携施設ではA水準超えの勤務が生じる場合は、連携施設がC-1水準の指定を受け、プログラムとしてもそれを明記する必要があります(これを基幹施設が代行することも認められています)。逆に基幹施設では超過しても、連携施設では超過しない場合、施設としては基幹施設のみがC-1水準の指定を受ければ良くなります。プログラムの基幹施設だけがC-1水準の状況では、例え連携施設においてそのプログラムの一環であっても960時間を超過することはできません。また特に専門研修において、1つの施設で複数のプログラムが存在する場合、それぞれにおいて申請・指定が必要です。
要約すると、「プログラムに属するそれぞれの病院で指定が必要」ですが、「病院全体ではなく、プログラムごとの指定」が必要であるということになります。
これらの指定は研修医の募集を開始する前に受けておかねばならない点も重要です。つまり医学生や研修医が各プログラムにエントリーする段階で、その病院がA水準なのか、C-1水準なのかを知ることが出来るようにしておかなくてはならず、「プログラム募集時に時間外労働時間の上限を示す必要がある」ことになります。今後は、この指定の有無もプログラム選択基準の一つになる可能性が高いと考えられます。
なお臨床研修プログラムでは審査・指定どちらも都道府県で行いますが、専門研修プログラムでは各学会・日本専門医機構が審査し、都道府県が指定を行うという違いがあります。また初期研修では勤務間インターバルなどの追加的健康確保措置がより厳しく求められている点も注意が必要です。
C-2水準
C-2水準とは、特定の医療分野において公益上特に必要とされる高度な技能を有する医師を育成するために、当該研修を受ける医師にやむを得ず長時間従事させる必要がある業務として厚生労働省令に定めるものがあると認められる医療機関に対して指定される水準です。
医師免許取得6年目以降の医師が、「本人の発意で計画を作成」し、「医療機関が審査組織に申請」するという枠組みになっています。当然のことながら、その技術の修得に必要な指導体制・施設認定などが求められており、かつ個別に必要性を審議する形になっており、審査プロセスも複雑で厳正になっています。労働時間そのものたけが議論の中心になっているわけではないため、B水準やC-1水準などとは指定の趣旨がやや違っており、独自にC2審査・申請ナビが用意されています。
特定労務管理対象機関の指定の流れ
特定労務管理対象機関(B・連携B・C水準)の指定申請の基本的な流れは、以下の図のようになります。医師労働時間短縮計画案を作成し、医療機関勤務環境評価センターの評価を受けた後、地域医療への影響等を踏まえた県の判断による指定を受ける必要があります。
指定の申請については都道府県によって対応に違いがありますが、医療機関等情報支援システム(G-MIS)から行える場合が多いようです。G-MISではなく、メールや郵送によって受け付ける都道府県もあるようです。
主な必要書類
特定労務管理対象機関(B・連携B・C水準)の指定申請には、指定申請書の他に共通する添付書類や各水準に応じて必要な添付書類があります。概要は下図の通りです。
医師労働時間短縮計画は最も基本となる書類であり、指定を受けた後もこの計画書に沿って取り組みを継続し、評価や見直し(PDCAサイクル)を行っていく必要があります。指定申請に先立って受審する必要がある医療機関勤務環境評価センターの評価においても必要になります。医師労働時間短縮計画については、厚生労働省から作成例・ひな形、解説動画、評価ガイドラインなどが出されています。G-MISで作成することも可能で、ひな形に沿ったものを電子化して作成することもできます。
その他、追加的健康確保措置に関する体制に関する書類や組織図、労働安全衛生管理体制の組織図、労働法に反していないことの誓約書なども必要になります。
医療機関勤務環境評価センターの評価
特定労務管理対象機関(B・連携B・C水準)の指定を受けるためには、申請に先立って医療機関勤務環境評価センターの評価を受けて、評価結果の通知書を受け取る必要があります。
評価の受審は、評価受審の申し込みを行った後に、エクセルファイルにて作成された基本情報シートや自己評価シートを提出して行います。提出は、基本的にGoogleドライブを利用して行うことが推奨されているため、Googleアカウントを作成する必要があります。アカウントが作成できない場合は、メールでも行えるようです。
自己評価シートには、労務管理の体制、業務規程、労使協定、医師労働時間短縮計画、追加的健康確保措置に関する体制などの取組状況・整備状況を示す必要があり、その根拠となる資料(主としてPDFファイル)の提出も求められます。Googleドライブを利用した方法であれば、ドライブ内から自動的に資料のファイル名を取得して一覧にしてくれるプログラムも組み込まれているようです。詳細は、同センターの解説動画で分かりやすく説明されています。
提出された資料を基に、以下のような内容と視点で評価が行われます。
必要書類が提出されてから評価結果の通知書が発行されるまで、おおよそ4カ月が見込まれているとのことです。
まとめ
以上、特定労務管理対象機関(B・連携B・C水準)の指定申請の概要について見てきました。各水準ごとの指定要件や指定申請のプロセスなど、複雑なところがあり細かい点まで留意する必要があると考えられます。都道府県による違いはありますが、第1次の申請締め切りが9月頃、第2次の申請締め切りが12月頃となっているようです。評価センターの評価に約4カ月を要することから逆算すると、2024年4月に間に合うようにするためには、遅くとも2023年の夏ごろまでに申請の準備を完了しなくてはならないと思われます。